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うつくしいものがすき!

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4.6夢の祭典

時を奏でるスミレの花たち、13時公演を東宝でライブビューイングしてきました。
ひとことでいうと、たからづかって、ほんとうにすごい。
私は宝塚に出会ってまだ一年にもならない、あたまとおしりに殻くっつけたひよこみたいなものだけれど、それでもあの空間のすごさは、びりびりと伝わりました。だって、知らない曲がない。知らないひとがいない。姿かたちがほとんど変わらない方も、変わった方も、歌い出した瞬間に時空を飛び越えるのはみなさん同じで、これが宝塚か、と、ほんとうに衝撃でした。

比較的最近に退団されたOGさんたちのコーナー。
生で観てもいないのに、音月さんの「巡り会えた奇跡」イントロから号泣する女Aに成り果てました。みなさんほんとうにうつくしく、すっかり女性らしくなられていても、歌い出した瞬間にお衣装をつけた男役さんが見えるの。それがすごいの。そのまま「きれいなおねえさんはすきですか?」のコマーシャルに出たっておかしくないような真飛さんは、彩音さんと手を繋いだその瞬間タムドクさまに変わったし、とうこさんも、スポットライトを浴びたパーシーそのもので。そうやって男役さんたちが、銀橋に出て拍手をうけたとき嬉しそうに、どこか感慨深げに笑みを深くするのにも、ぐっときてしまいます。
あ、タニさんは毛色がちがうというか、タニさん、という街道を突っ走られているようにお見受けしました。ミニのタイトスカートなのに動きがどこまでも男前なので、いつかおパンツが見えてしまうのではないかとはらはらすることしきり。最後はけぎわにウインクした瞬間、中継会場が「まったくもう…タニはいつまでもタニなんだから…」というような、あたたかい失笑に包まれたのが印象的でした。

同じく、娘役さんたちのコーナー。
これだけは自信がある、というのをおひとりずつ述べてゆく形式で、結局相手役さんへの愛を自慢する公開デレ大会になっていたのですが(もうみんなちょうかわいい!)、みきさんが「みんな綺麗なストーカーみたい」と仰っていたのがどうしても忘れられない。彩音さん「相手役さんを追いかける執念は誰にも負けません!」すみ花さん「ゆうひさんと組ませていただいたことは死ぬまで一生、いえ死んでからも、ぜったいに忘れません!」みきさん「怖いわ!オカルト!?」というのもしばらく忘れないかな。あと、白羽さんが水さんへの愛を語ったあと「あ、まるがおっぷりも負けません…」とこそっと付け足したら、みきさんに「え?なにがお!?」と聞き返されて、「ま、まるがお…顔がまるくて…」と恥ずかしそうにもう一度言っていたのが、ものすごくかわいかったです。そしてまひるさんだけが「相手役さんから私への愛は誰にも負けないと思います!」と言い切っていたのもすごく素敵でした。えまおさん、まひるさんの殉情、素敵だったなあ。こいさん、佐助、手を引き、てね。

桃太郎、もとい、ドンブラコ。
きびだんごひとつわたしにくださいな、ならぬ、あのおさるさんいっぴきおうちにくださいな、です。「きびだんごください」的な台詞がなぜか若干の棒読みなのも、桃太郎さまぁーーー(>_<)も、というかそのふたつくらいしか台詞ないんですけど、すっごくかわいかった。わんざぶろうが一生懸命いぬぶっているのも、けんぞうのつま先立ちパタパタも、さるのすけのおそらくさるっぽさを出そうとしているのであろうるんるんスキップも、みんな愛おしいです。そしてみんな考える、鬼があの布陣でなぜ負けたのか、ですが、理事太郎とみっ鬼がにっこりとほほ笑みあう様子があまりにも腹に一物抱えたものどうしに見えたので、私は八百長を疑っています(おそらく色眼鏡)。ともかく、鬼さんたちがうつくしさに本気すぎるので、バンドでも組めばいいと思うの。

閑話休題。
往年のスターさまたちが、歌い出した瞬間に劇場の空気を変え、姿は今のままなのに現役ばりばりの男役がそこにいるようなオーラを発されるのに、恐れおののきました。麻実れいさまが銀橋からキスを落とした瞬間や、ツレさまが「ハァッ!」て銀橋に出ていらした瞬間、許されるならばキャアアアアとはしたない声を上げたかった。あっこのひと教科書で見たことある!みたいな感覚なのに、歴史のなかのひとだったはずのスターさまたちが、現にいま目の前で妖しい投げキスをしてきて混乱するの。
中でもえらいこっちゃだったのが麻実れいさま。トークコーナーでたーこさまを前にした一路さんが「やぁ〜〜(>_<)」とか「も〜ほんとに!すてきで!」とか、純度100パーセントの女子になっていたの笑ったけれど、あれはしかたない。はまったらやばいな、と感じるひといろんなタイプがいるけれど、たーこさまはおのれの身の破滅を予感させるタイプだと思います。一路さん、「たーこさんのトートが観たくて(はぁと)」と仰っていましたが、そんなことがもし実現したら何人の女子が破滅の道に身を投じるかわからない。わたしも含め。
あと、初風諄さんがアントワネットの台詞を言うと、私は見たこともない現役時代がよみがえるようで、ふわあっとそこにマリーがあらわれて、ほんとうに、すごいなあと思いました。とっさに宝塚ボーイズを思い出して、台本を読んでもらったときのきみちゃんを見ている宝塚ボーイズの気持ちがすこしわかった気がするし、中島先生もそれを思ってあの場面を書いたんだろうな、きっと。

そういう体験も含め、心から、宝塚ってすごいところ、これからもずっとずっと続きますように、と思った祭典だったのでした。私、今がよければいい、みたいなタイプなので、極端に言えばこれから宝塚が続こうがどうしようが構わない、なんて思ってた(というより、宝塚の「これから」なんて考えたこともなかった)んですけど、今在団しているジェンヌさんたちのつくりあげたものがこうして引き継がれてゆくんだなあと思うと、百五十周年二百年と願わずにはいられません。自分の気持ちの変化にびっくりです。よぉしがんばって二百周年まで生きちゃうぞ!と気合を入れつつ、さすがに無理そうなのでせめて百五十周年の式典には居合わせられるように、健康でいたいと思います。宝塚に出会ったのが、百周年に間に合ってほんとうによかった。
あ〜〜〜たからづかってすげえなあ〜〜〜〜〜!!!!!

| 宝塚−他組 | 19:05 | comments(0) | trackbacks(0) | |
3.29ナポレオン

ナポレオン大千秋楽、おめでとうございます。
ご縁あって前楽を観劇することができたので、前楽のことと、この三か月のことを、すこしだけ。もうあんまり、わざわざ言葉にするようなこともないのだけれど。

マルモンが、大好きでした。あったかくて実直で、ひとの痛みのわかる、強くて優しくて頭のいいひと。彼のあたたかさや纏っている雰囲気は、どこかさゆみさんと通じるものがあるなあと、勝手に、ほんとうに勝手に、思っていたりします。空気を読んでおとぼけに回るところとか、ね。この三か月でマルモン像もずいぶんと変わられたし、史実の彼とはきっと全く違うひとになっただろうけれど、そのときそのときでさゆみさんにしかできないマルモンを、さゆみさんにしか出せない色で、作り上げられたんだな、と。いい役、中身のつまった、厚みのある、ほんとうにいいお役だったなと思っています。今のさゆみさんで見ることができて、よかった。ちょっとお花畑っぽいですね、すみません。
前楽の、兵士の合唱のシーン、あんなにぼろぼろ泣いているマルモンは初めて見ました。ラストはいつも限界まで涙をためて、退場の瞬間にぱっとダイヤモンドが散るときもある、くらいだったのに、前楽はみるみる涙がうかんだと思ったら、そのままぽろぽろとこぼれて頬を伝っていて。なにか思うところがあったのかもしれませんね。あそこで堪えきるマルモンさんがわたしは大好きだったのだけれど、一度くらい、こぼしたっていいよね、とも思います。ずっと泣きたかったのだろうから、ようやく泣けたね、とも。ふわっと流したゆるめのリーゼントと、露わになった額が、最高にうつくしかったのを覚えています。

紫のお衣装でせり上がってきて、ぱっとこちらを向いた瞬間の彼女のきらめきは、ほんとうに言葉では言い表せないものがありました。

前楽のナポレオン二世、お顔が、目のしたとか、ほんのちょっとやつれているのが切なかったです。あなたは父を憎んでいた、のところでは、ぽつりと声を落とすのではなく、憎んでいた?と縋るように問うたのがさみしくてちいちゃくて。続く「ではなぜ裏切ったんですか!」、この三か月間、ほんとうにいろんな「ではなぜ、」があったけれど、前楽のときは語尾を上げてぽつんと、ひとり迷子になってしまったこどもの問いかけみたいで、きゅんと胸が痛みました。ムラ公演だったか、ではなぜ、まで食ってかかる強さだったのに、そこからしゅるしゅると勢いをうしなって語尾が消えいるようだった日も、観ていてすごく痛かったのを覚えているのだけれど。
前楽に話を戻すと、この日の二世はいつもよりすこし幼かったのか、グランマルモンに「革命後の世界を変えた」と歌われたところで斜め上を仰いでくちゃあっと泣いてしまって、ほんとうにちいさなこどもみたいだったその顔が、忘れられません。それと、もうひとつ印象に残ったのが、凱旋の場面の二世がナポレオンの兄弟たちを複雑そうな面持ちで見つめるところ。この日、思わず、といったふうに一歩近づいて手も伸ばしかけていた二世がほんとうに切なくて、ぴょこぴょこする天寿さんがかわいい場面のはずなのに、涙が止まりませんでした。
あと、もうこれだから天寿さんは!大好き!と思ったのは、ミュラのダンスレッスンのアドリブで客席もナポレオンもグランマルモンも笑っていても、二世だけはいつもと同じくらいの微笑みにとどめていたこと。アドリブは楽しいけれどああいう作品で必要なのかどうか私には疑問で(前楽ですし気にはしていませんが)、二世がいつもと変わらずいてくれたことが嬉しくてなりませんでした。そういうところ、すごくすてき。
パレードのおじぎのあと、いつものウインクじゃなくて、くしゃあって笑ったのがほんとうに、ほんとうにかわいかったです。

最後に、ねねさんジョセフィーヌのこと。楽ちかくのジョセフィーヌは、一時期のぎゃんぎゃんした強さが抑えられ、落ち着いて豊潤、芳醇で、心を奪われました。ムスクの芳香をあたりに漂わせていそうな女性なの。真っ白なジョセフィーヌがナポレオンの頭を包みこむ一瞬、時が止まったみたいに感じられて大好きです。あのときのジョセフィーヌは女神さまのようで、感覚としては、ファンティーヌがバルジャンをお迎えにきたときとすこし似てるかな。一時はどうなるかとはらはらしましたが、三か月の公演期間をとおして、強くてうつくしいジョセフィーヌが完成されたのだな、と素直に思いました。
デュエダンのねねさんが、最初は陶器のお人形さんみたいなお顔をしていて、音楽が激しく切り替わったところから表情がいきいきとしてくるのがとても好きです。宝塚らしく品がいい、というのとは違うけれど勢いのある、ちえさんとねねさんらしいダンスだなと、いつも楽しくみていました。

ああ、ほんとうに終わってしまったのだな、と、東宝に行ってももうナポレオンは上演されていないのだなと、なんだかほんとうに受け入れがたい気持ちです。正直なところ。ムラと東京で二十数回観劇したけれど、観ても観てもぜんぜん飽きなくて、そういう作品と、そういう役に出会えたこと、ほんとうに幸運だったと思う。でも終わりがあるからうつくしいのだし、終わったものは終わったものだし、ときどきは振り返ってかみしめつつ、太陽王を待ちたいです。
おつかれさまでした。

| 宝塚−星組 | 01:20 | comments(0) | trackbacks(0) | |
3.22ナポレオン

ここ二週間ほどで観劇したぶんについて、今日は、天寿さんのお話だけです。

凋落のシーン、「既にシャルトルに立たれました!」以降、息をするのさえ苦しげなナポレオン二世。バルコニーから落ちるんじゃないか、とこちらが気が気でないほど身を乗りだして顔をゆがめているのに、そこからしゅるしゅると感情が引いてゆくのが、というより、引かせているのが、胸に刺さります。うまく言えないのだけれど、苦しい、辛い、という感情に満ちていたくしゃくしゃのお顔が、最後にはぽっかりとどこか空虚ささえ感じさせるような憔悴しきった表情にかわり、よろ、と袖に消えてゆく背中が、ほんとうに、ほんとうに。あの傷だらけの二世を抱きしめてあげるひとはいないんだなあ、これまでもずっといなかったんだなあ、と思うと、そのままちいさくちいさく丸まって消えてしまいたくなる。彼がふっと仰いだ先に空はなくて、図書館の天井がただただあの子を見守るのみか、と思うとなかなか、きついものがあります。
東京に来て前ほどには泣かなくなった二世が、久しぶりにぽろぽろとよく泣く公演にあたったとき、観ていてすごくしんどかったのを覚えています。ラストのグランマルモンとのシーンも、綺麗なお顔がくっしゃくしゃで。演じている彼女自身は「悲しい涙ではない」というけれど、それは最後の最後に救済があるからであって、それまで泣きながらふるふると首を振る二世を見ていると、身を切られるような心地がします。かわいそう、っていうんじゃなくて、一緒に心臓をぎゅうぎゅう締めつけられているような感覚なの。思い出してほしい、ヨーロッパの「今」をつくったあなたのおとうさんは、あなたの目の前であんなに輝いていたでしょう?って、言いたくなる。第一執政のシーン、観劇を重ねるごとに好きになるのはきっとそういうわけだと思うんです。あのときのナポレオンが輝いていてこその、「陛下の形見は新しい秩序、革命後の世界を変えた」だから。

凋落で、息をするのも苦しそうな二世を見て、体の弱いあの子がもし喘息もちだったら、と勝手な想像をめぐらせて泣きそうになりました。がらんと広い図書館で体が冷えるまでおとうさんに関する書物を読みあさってコンコン咳き込んだり、冬の寒い夜にひとりでひゅうひゅうと喉を鳴らして、苦しかったりするのかな、って。仕事として看病してくれるひとはいたとしても、おかあさんは会いにきてくれなくて敬愛するおとうさんは亡くなっていて。彼に心を許せるひとはいたのだろうか、熱を出しても肺炎で息がくるしくても、ひとりぼっちで毛布にくるまるしかなかったんだろうか。そんなことをつらつら考えていたりします。
ひとりぼっち、というと、ナポレオンが凱旋する明るいシーンで、上手のほうにいる家族たちを見つめる二世の横顔がすこし切なげで。こわいひとたちだけれど、あの子にとっては血が繋がっているのに二度と会えない親戚たちなのだな、と思うと、あの表情もうなずける気がします。あとは、自身の洗礼式のあと、日によって天を仰いでぎゅっと一度目をつむってかみしめているようだったのや、ほう、と深い息をついていたのが、ただ嬉しい、感動、というのだけではない感情をあらわしている気がして、好きでした。

かわいい二世の話をしましょう(かなしくなってきたときの常套句)。
最近お気に入りなのが「コルシカの大砲男がパリ社交界の花と、」の台詞の前に、うふっ、とか、あはっ、とか笑うところ。はふっ、て笑った日もあるんですよ。声を出して笑わない日にも、うふっ、の無声音版といっしょにくしゃっとくずれたお顔がめちゃくちゃかわいかったり、コルシカの「コ」がたっぷり笑いをふくんだ声だったり、ほんとうに愛おしい。
同じく、グランマルモンの「彼の辞書に不可能という言葉はなかった」のあとも、うふっ、て笑ったりして。正確に表記すると「う」はほとんど発音されずに「…っふっ」なのだけど、ニュアンスとしては確実に「うふっ☆」なんだもの。一度「っふふ☆」みたいに笑ったのがあんまりにもかわいくてオペラグラスを取り落としたこともあります、何度も見ているはずなのに慣れない、慣れようもないかわいさ。
笑うといえば、ダヴィッドの歌のときに、ロバ!?ってびっくりするのが日に日にオーバーリアクションになっていって愛おしい話。袖に入る直前にもう一度ひとりでくすっと笑ってからはけるのも込みで。あそこ、お花が咲いたみたいに笑うのだけど、二世さんはあんまりニコッと笑うところがないから貴重で、もうそれだけでかわいいねえって泣きそうになります。
リアクションというか動きのこと。ナポレオンは頼りになる、でぴょこぴょこしているところももちろんぴかいちかわいいのですが、そのあとグランマルモンに誘導されながら上手方面に歩いてゆく歩きかたが若干てこてこしていて、それがすごく天寿さんの動きだなあ、って。同じところ、今の政府の誰よりも、で手をしゅっと振る、その振りかたも、まさに天寿さん。あとは、感情がたかぶると手に出るのがすごく彼女らしいというか、日によっていろんなところで手がぴょこんと動いているのがほんとうにかわいいです。だいたいそれが出るのがナポレオンの偉業について話しているときで、「戦ったけれど」で熱をこめるあまり左手が動いてしまう日もあれば、「アルプスを越えて攻めるなんて」の「攻める」にアクセントを置いたうえ、握ったこぶしをぎゅっと動かす日もあって。目撃するたびに、なんてかわいいの、とため息をついています。

さて、フィナーレの天寿さんのこと。
東京の途中くらいから、パレードでおじぎをしたあと必ずウインクを飛ばしてくることに気がついて、くぎづけです。あのキュートなウインク、音にしたら確実に「ぱちんっ☆」で、しかもちょっとへたくそで、ほとんど両目つむっちゃってる日もあるくらい。初めて目撃した日、何あれ何あのかわいいいきもの、ってオペラグラスみしみしいわせたし、何回見てもかわいくてかわいくてかわいい。
そんなにかわいい天寿さんなのに、群舞で真っ赤なくちびるが半開きなのはちょっと、ちょっと反則。特に背中を反らして天を仰ぐ振りのときなんて、何かいろいろだだ漏れてる、ってがたがたします。それに最近、大階段でエヌの字をくずす直前に右頬だけでふっと笑うときがあって。あそこでしっかり口角を上げる日は、そのあとも笑み成分多めでお送りします、というような雰囲気なのです。天寿さん、基本的にはかわいいなあと思って見ているのだけど、あの右頬引き上げて笑うのと、群舞でふっとくちびるをゆるめるのは、ちょっと、いやかなりグッとくる。群舞の後半で、くるっと回って前に向いたときの顔も、表現できないときめきを誘うやつです。
髪をメンテする直前、本人比で長めだったとき、本編ではきっちり固めている前髪がやわらかそうにふわんと揺れるのがたまりませんでした。短く切ると、ばさっとなるので。

モスクワ遠征の、スクリーンのほうを向いてすっくと立って、顔だけ横にグランマルモンのほうを見ている二世さんの後ろ姿がそういうフィギュアみたいにうつくしかったこと、しばらく忘れないと思います。

| 宝塚−星組 | 23:33 | comments(0) | trackbacks(0) | |

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